「ここ肱川は大洲の中でも、椎茸の生育にすごくむいている場所だと思うんですよ。朝は霧が発生するし、偏西風がここいらの山にぶつかって冬は雪が降るでしょう。だから湿度が程よくあるので、散水もほとんど必要ないんですよ」と教えてくれたのは中野さん。清流肱川に沿って段丘状になっているここは、一歩踏み外せば谷底まで落ちてしまいそうな急斜面や山が多い。それ故に米作などの農業には適さなかったため、自然と栗や椎茸が特産物になっている地域だ。代々この地域に住んでいる中野さんは20歳くらいまでは家業である椎茸栽培などを手伝い、その後就職。30年ほど務め上げたのち、脱サラして椎茸農家になった。実は森林組合に勤めていた事もあり、椎茸栽培に関する知識や経験は先輩方にもひけをとらない。現在は有効ほだ木は4万本ほど、5カ所のほだ場に分けて栽培している。実は昨年までは息子も手伝っていたそうだが「乾燥などの経費もいれるとキロ3,500円くらいの原価がかかるのに、実際の価格はその半分くらいになってしまった」という理由から働きに出ざるをえなくなったそう。身近でそんな問題にも直面したこともあり市場価格の低下に頭を抱えている一人でもある。とはいえ「能登半島の椎茸がものすごく高い値が付いとると聞いて食べてみたけど、ここいらの椎茸も全然負けとらん自信がある」と豪語する。実際、産直市に出した生椎茸は飛ぶように売れるそうで、「毎日大洲の『愛たい菜』に持って行くのが嬉しくて」と楽しそうに笑う美津保さん。「椎茸栽培の楽しさは自然の中で仕事ができる事」と断言する中野夫妻は、椎茸栽培の仕事の合間にイノシシ狩りや鮎獲りなどの趣味も楽しんでいるそうだ。