「椎茸の栽培は山をきれいにする」と言うのは大田さん。伐採で原木を切り出し、ほだ木に使う、約4年ほどの役目を終えたら自然に腐り土に返る。そしてそれが肥えた土壌を作る、その繰り返しだからだ。また、大田さんのほだ場の並びもとても美しい。高さもきっちりと揃い、少しずつ間隔をあけて組みあげられているのは、1本のほだ木からまんべんなく生えるようにという、元大工の大田さんの几帳面な仕事の賜物だ。約40年前に「寝よっても育ってくれるって聞いたけん、わしもやろう言うて始めたんよ」と笑う大田さんは、品評会で農林水産大臣賞などを含む数々の受賞歴を誇る人物。「穫るときは“ありがとよ、生えてきてくれて”という気持ちになりますよ。あとはいいものを作って、共進会で生産者の皆と椎茸の話をするのが椎茸栽培を続ける楽しみのひとつかのう」。甘平やキウイ(これも受賞歴あり)などの生産もしているが、一番楽しいのは椎茸と断言するほど心も体も椎茸に染まっている。実際に自宅の一角にある乾燥場には集会場のようなテーブルも置かれており、夜な夜な近所の人たちが集まっては、ああでもないこうでもないと酒を片手に議論を繰り広げるそうだ。さらには大田さんのほだ場で農家の人達が集まって勉強会が開催される時は「子供とおんなじで、一番えい時に嫁に出してやるというような気持ちで穫るんじゃちゅーて、収穫のタイミングを説明したりしての」と笑う。海に近い双海というロケーションで、椎茸栽培の環境的には難しいと言われるそうだが、これだけ寵愛されたのならば、美味しく育たないわけがない。大田さんの“愛娘”達が、今年もたわわに実る様子が目に浮かぶようだ。